黒田辰秋・田中信行-「漆という力」
2013年1月12日[土]-4月7日[日]
豊田市美術館
デカい。ゴツい。椅子の背もたれは上辺の方が広く、背もたれ一杯に大きく深く文様が彫られている。それに比べ椅子の脚が短すぎる。アンバランスだ。高圧的で野暮ったく感じる。控えめな国民性と言われる日本人のスケールから、はみ出しているように映る。
大柄で自己主張する欧米人なら、使ってサマになるだろうか?座った時に椅子と机の間に長い足が収まらず、窮屈じゃないかな。日本人の為に作っている、そう思わせる。
ふと、私の祖父なら似あうかも知れないなと、思った。彼の思春期は戦時下だった。戦後の焼け野原と共に社会人デビューし、高度成長を担う歯車となることで家族を養ってきた。孫である私は、嵐のような時代を過ぎたあとに出会ったから、ステテコ姿で赤ら顔、気のいいじいちゃん。でも。時代と四つに組み合った反骨精神が、顔の皺となって刻まれていたように思う。
私は日頃、当たり障りなく生きている、と、あぶりだされる様な気がした。そんな自分を隠したくて、野暮ったいだの高圧的だの言いがかりをつけているのかもしれない。
じいちゃんなら、どんな感想を持つだろう?今の私に何と言ってくれるだろう?……いやそうじゃない、私がどうしたいかだ、と、作品に問われている気がした。
egg:藤井万巳
黒田辰秋・田中信行-「漆という力」
2013年1月12日[土]-4月7日[日]
豊田市美術館
具象的でない作品。私の苦手な分野。作品への取っ掛かりが掴めない。ふと何か感じた次の瞬間に、こそばゆくなったり不安になったりして、打ち消したくなる。
迷いのない作品群は、私の感性を見透かしている……気がする。
どの作品も表面がつるりとしている。どの個所を見ても曲線で成り立っている。その質感が気になる。もし触れたなら、その手を拒絶するだろうか?金属製の人工物の様に、こちらの気持ちをヒヤリとさせる様な気もする。あるいは、手の平に吸いつくようにそっと寄り添い、じんわり温めてくれる気もする。相反する印象が同居し、戸惑う。作品との関わり方が揺らぐ。
美術館の展示室で作品に集中していると、ひらひらと動く華奢な手が見えた。そちらに目を向けると、若い女性が友達と話している。――ここの黒色は、塗ってるのかなぁ?照明の影かなあ?――彼女たちは作品にあたる光に手をかざし、その影が作品に映るかどうかを試していた。
無邪気で微笑ましくて、私は自然と肩の力を抜くことができた。
きっとこの無邪気さも、この作品群の中に含まれているんだろうな。
抽象的な作品の持つ無邪気さが、私には少し眩しいのかも知れない。
egg:藤井万巳