ラベル by 長良かおり の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル by 長良かおり の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2014年10月23日木曜日

あいちトリエンナーレの作品解説に挑戦!:オノ・ヨーコ《生きる喜び | JOY OF LIFE》

オノ・ヨーコ《生きる喜び | JOY OF LIFE》
あいちトリエンナーレ2013
2013年8月10日(土) ~ 10月27日(日)


 あいちトリエンナーレ特徴の一つとして、パブリックアートがある。ビルの壁面や地下街といった公共空間を利用し、会場へ行かずとも無料でアートを楽しめるというものだ。
 オノ・ヨーコ《生きる喜び | JOY OF LIFE》も、そんなパブリックアートの一つである。この作品は、東日本大震災への祈りと未来への言祝ぎとして製作されたもので、市民によるポスター掲示などを通じ、街の様々場所で見ることが出来る。
 名古屋のシンボル、テレビ塔に掲げられた「生きる喜び」は夜ともなれば、ライトアップされたテレビ塔にこの文字が浮かび上がり、「生きる喜び」を高らかに謳い上げているようだ。テレビ塔も含めた大きさでいえば、出展作品中で一番規模が大きく、スペクタクル性の高い作品である。多くの人が行きかう栄の街に在って、トリエンナーレの祝祭性を深く印象付けている。
 混沌とした現代社会において、「生きる」という生物の根源的営みに、「喜び」をみいだすことは、決して容易な事ではない。それはオノも十分承知の上で、敢えて恥ずかしいほど直球な言葉で投げかけている。それを楽観主義者の戯言として、無視する事もできる。しかし街のいたる処に貼られた「生きる喜び」は、嫌が応でも目に入り、我々にそれを問うてくるのだ。
 以前、居酒屋のメニューの下に貼られた「生きる喜び」を見たとき、軽い脱力感とともに、小さく笑ってしまった。案外、そういうものかもしれないと思ったからだ。
 テレビ塔以外での主な展示場所は、明治安田生命ビル屋上電光掲示板、大名古屋ビルヂング工事看板、東岡崎駅北口広告掲示板、中日新聞夕刊、街なかでのポスター展開などがある。

egg:長良かおり



2014年10月22日水曜日

青野文昭《なおすシリーズ》

青野文昭《なおすシリーズ》
あいちトリエンナーレ2013
2013年8月10日(土) ~ 10月27日(日)
愛知芸術文化センター会場


 青野文昭は1968年仙台市生まれ、宮城教育大学大学院卒業、現在も仙台市を拠点として活動する作家である。
 1990年代から漂流物や廃棄物を拾い集め、それらに様々なものを補完し、「修復」したモノを作品化している。自身も東日本大震災で被災し、そのことが製作姿勢において大きな変化をもたらしたという。震災後は積極的に震災瓦礫を用いて製作を続けている。
 青野の修復という概念は芸術への真摯な問いかけからであった。ゼロから全てを作ってしまう作品では自然や実在する空間、時間との関係性が希薄になってしまい、作品を現実離れした別世界の物にしてしまう。そういった関係の希薄さを嫌い、「現物と融合させる」ことで作品をより強いものにしようとしたのである。
 激しく前面が潰れた軽トラックと箪笥が合体した《なおす・代用・合体・侵入・連置(震災後東松島で収集した車の復元)》、廃船とに食卓テーブルが継足された《なおす・代用・合体・侵入・連置(震災後石巻で収集した廃船の復元)》。壁面には、カセットテープや時計、ノートなどの修復物がそれらを取り囲んでいる。
彼の手により修復された作品は到底実用に供するモノではなく、時として得体の知れぬ、ある種グロテスクとさえ感じるモノへと変容される。
そのことについて青野は、「震災ゴミに刻印された震災の記憶、自然力の波動、ノイズ、泥、歪みが、代用物の家具を通して、ある意味「余剰分」として際立ち浮き上がりながら、「補完」され「延長」されえる。場合によっては、刻印された傷跡・その「変化」がより増長され、視覚的に強化され、造形的に半永久化されうる。」と述べている。
 愛知県美術館10階展示室廊下の突当り、中庭を望む出窓に私の好きな青野作品がある。宮古の衣料品店の床面と、テーブルを合わせた作品である。晴れた日は木漏れ日がテーブルに淡い影を落とし、中庭の緑と相俟って静穏な空間を生み出している。
 「造形的に半永久化されうる。」テーブルは、震災の記憶を内包しながらも、新たな意味をも持ち始めているのかもしれない。 



egg:長良かおり


青野文昭ホームページ:http://www1.odn.ne.jp/aono-fumiaki/
 アスアーク美術館:http://www.riasark.com/yomubi/body/9-aono_fumiaki.html

2014年10月16日木曜日

黒田辰秋~「日常の美」の中で~

黒田辰秋・田中信行-「漆という力」
2013年1月12日[土]-4月7日[日]
豊田市美術館


 黒田辰秋は大正・昭和と活躍した木漆工芸家で、木工では初の重要無形文化財保持者である。柳宗悦、河合寛二郎らからの強い影響のもと民藝運動に参加。御大礼記念国産振興博覧会(1928)における柳宗悦企画「民藝館」に出品するなど、初期民藝運動の一翼を担った人物である。
黒田の特徴は民藝の理念「用の美」に立脚しながらも、自由な発想による大胆な造形にあるといえる。
しばしば朝鮮家具の影響や、繰返し用いられた花紋からはゴシック様式との共通点が指摘されている。それらは紛れもない事実であるが、彼の中で滋養された多くのイメージは、国籍はおろか歴史性さえも軽々と超えたものに昇華されている。
 とりわけ、《拭漆楢家具セット》は、それを鮮明に表している作品といえる。
これは別名「王様の椅子」と呼ばれている、映画監督黒澤明の別荘のためにオーダーされたダイニングセットである。この中でひときわ目を引く椅子は全高128.5cmという異様な高さと、肘掛と一体の太い脚を持ち、座る人を包み込むような形である。背面には特徴的で大きな彫花紋が配されている。欧米の邸宅にあってもおかしくないようなダイニングセットではあるが、どこかしら現代の日本人でも分かる親しみやすさを併せ持っている。
先に黒田の特徴は「大胆な造形」と言ったが、それが「用」と「美」として無理なく統合されているのは、常に「日常」を意識していたからであろう。
《拭漆楢家具セット》は実際製作にあたって、1967年の欧州旅行の際の研究を参考にしているといわれている。しかし黒田は「人間にとってイスってなんだろう(中略)権力の座にもなるが、憩いの場でもある。しかも次の動作に移れる自由も欲しい。」と述べており、日本人にとっての「イス」とは何かを考えていた。
また「日本人はどうしても畳と縁が深いから、腰掛もするがあぐらもかけるようにしたい。」とも述べており、そういった考えの表れがこの「王様の椅子」であった。
 なるほど、大きくて、椅子の高さに対して低い座面は、畳文化で培われた日本人ならではの発想である。背の低い長椅子を配することは、欧米に比べればはるかに狭い日本の「ダイニング」での視覚的、精神的圧迫の軽減に役立っている。また背面の彫花紋は、座る人の頭部辺りに配されており、さながら映画のセットのようで、映画監督黒澤へのオマージュにも感じられる。黒澤もまた黒田作品を愛してやまない一人であったという。
《拭漆楢家具セット》は空間的、身体的にも親和性を要求される「イス」における、「日常の美」の提示といえる。
 重要無形文化財保持者という技術力に裏打ちされた造形は、強烈な存在感を放ちはすれども、決して我々を拒絶することはない。道具は使われる事が本分だということを、黒田は誰よりも体現しているのである。


egg:長良かおり