劇団 悪魔のしるし:公演《わが父、ジャコメッティ》
京都国際舞台芸術祭2014
2014年10月16日(木)
京都芸術センター講堂
劇場に入ると、既に3人の俳優がなにやら雑談している。観客がまだ入場中の場内はざわついているので、耳をそばだててもその小声は何を話しているのかはっきりと聞き取れない。だが、それはオーケストラの音合わせのような、期待感で胸が膨らむ時間でもある。じきに観客が全員着席し静まってくると、舞台上の柱時計が開演の午後8時を告げる。その瞬間、我々は現実の時間から演劇の時間へとするりと滑り込んだ。
この導入部は、この劇が現実と地続きであることを暗示している。しかも舞台上では、3人の俳優がそれぞれ、登場人物と自分自身を同時に演じるという入れ子構造が展開される。主宰の危口統之は矢内原伊作を演じると同時に演劇人である自分自身も演じる。木口敬三はアルベルト・ジャコメッティを演じると同時に画家である自分自身も演じる。大谷ひかるはジャコメッティの妻を演じると同時にミュージカルの研究生である自分自身も演じる。おまけに、木口敬三と危口統之とは現実の親子でもある。
劇のストーリーもジャコメッティと矢内原の筋立てと、現実の画家である父親と演劇人である息子の物語が交錯する。その上、舞台の造り込みにしても、ジャコメッティでもある木口敬三が油絵を画くと、その手元が舞台のスクリーンに映写されたり、俳優の台詞が同時に字幕としてスクリーンに映し出されたりする。それも、日本語と英語、日本語とフランス語が交互に投影される。
このように虚実の二重構造が折り重なり錯綜すると、そもそも3人の俳優がセリフをしゃべっているのか、それとも単に自分自身として語っているだけなのか、見る方も混乱してくる。そうした本人性の揺らぎが危口のねらいなのだ。
しかも、今回の演目はもし木口敬三が亡くなれば、このシナリオでの再演は厳密には不可能となる。そうした一回性もこの演劇の構造をさらに捻じれさせている。生身の俳優が一回性を生きながら、テクストという虚構を演じているわけだ。その両面がまるでメビウスの輪のように入れ替わりながら、しかも切れ間なく連続する舞台となっている。
悪魔のしるしという劇団そのものが演劇の分野だけでなく、建築やファッションなど様々な分野にわたる専門家の集団である。彼らの代表作《搬入プロジェクト》は、何の役にも立たない巨大な物体を、それが入るか入らないかぎりぎりの入口から建物の中に運び込む。模型で入念に何度も確認した後、観客がお祭り騒ぎさながら見守る中、搬入する。いうなれば、このパフォーマンス自体が虚構の物体を現実という建物の中に、はみ出さないスレスレで押し込むという隠喩になっている。
60年代後半から70年代初期のアングラ演劇において多用された構造、ラストシーンで一気に舞台と外界を地続きにする屋台崩しに対比すれば、《わが父、ジャコメッティ》は開幕冒頭から最後までずっとテントが開きっ放しになっている芝居だといえる。
egg:武藤 祐二
ルイス・ガレー:振付《Mental Activity》
京都国際舞台芸術祭2014
2014年10月11日(土)
京都芸術センター講堂
《Maneries》で洗練されたミニマムな身体表現を追求したルイス・ガレー。今回、《Mental Activity》では一転、粗暴なまでに生々しい舞台を提示した。
暗い会場に入ると、ちょうど観客の目の高さからのライトに照らされて、舞台だけが浮かび上がっている。墨があちこち塗りたくられ、水もまき散らされており、それらが導線となって何かが起こりそうな不穏な予兆が漂う。
すると突然、周囲の暗闇から舞台に投げ込まれる、ネックレスひとつ。それを合図に、ペットボトル、ボール、長靴、ハイヒール、自転車のサドル、土管、タイヤ、レンガ、岩、発泡スチロール、丸太等々、ありとあらゆる大量のガラクタが次々に投げ込まれる。たちまち舞台一面ガラクタで埋め尽くされ、足の踏み場もないゴミ捨て場と化す。こんな場所でダンサーは本当に踊れるのかと訝しく思えるほどだ。
4人のダンサーが静かに登場する。一呼吸あって、ひとりのダンサーがガラクタの中を走り抜ける。次はふたりが肩を組んで、さらには3人が肩を組んで、その次は4人全員が肩を組んで倒れ込むように疾走する。怪我もせんばかりに、ガラクタの中を駆け抜ける。
次に、女性ダンサーが手を使わず、頭を付けて丸太を押し動かす。そしてゆっくり丸太を立てる。そのあと、4人がそれぞれ、手当り次第にガラクタと戯れる。石を持ち上げ、レンガを投げ上げ、綱で縛ったコンクリートブロックを振り回し、土嚢を口でくわえ上げる。ブリキ缶をなめ、フェルトペンで腕に線を引く。綱を引き合う、長い木の枝の両端をふたりのダンサーが双方の頬だけで落ちないように支え合いながら静かに移動する等々、雑多でプリミティブな行為を繰り広げる。音楽は最初かすかな地響きのようなサウンドが徐々に大きくなるという単純なもの。そのことがかえって、観者をダンサーの動作だけに集中させている。
素手のときのダンサーの身振りは言語以前のイメージにとどまる。それに対し、ピナ・バウシュのタンツテアターにしばしば見られるが、物体と関わって踊る身体はある種のテクスト性を帯びる。物質と身体が織りなす交点に意味が立ち上がる。ガレーは「精神の働きは極めて物質的」と語る。題名の《Mental Activity》を訳せば「精神活動」だ。ガラクタとダンサーがあたかも交信しているかのようにも、ガラクタを浄化する儀式とも解釈可能であり、肉体、精神、物質が三つ巴となって荒々しい相克の表情を見せる。それは取りも直さず人間の原初的な営みそのものであり、ガレーはその裸形を突き刺さんばかりに我々の眼前に投げ込んだのだ。
金氏徹平:展示《四角い液体、メタリックなメモリー》における、ライブペインティング《トレースのヨーカイ》
京都国際舞台芸術祭2014
2014年10月4日(土)
京都芸術センターギャラリー南
“木に竹を接ぐ”という言葉がある。性質の違う物をつなぎ合わせること、転じて、物事がチグハグで前後関係や筋道が通らないことのたとえ。金氏徹平は、日用品や安物の玩具の部品などのガジェット同士の接合を主たる作風としており、文字どおり木に竹を接ぐ趣を呈している。
ただし、金氏のそれは、同じく脈絡のない物体どうしを組み合わせるシュールレアリズムのデペイズマンとは明らかに違う。デペイズマンは組み合わされた物体それぞれを異化し、観者にイメージの不意打ちを食らわせるのに対し、金氏の作品は双方の物体を同化させ、あるいはその物の用途や意味を無化する。
ライブペインティング《トレースのヨーカイ》は、金氏の作品群を舞台装置に、4人の造形作家が琳派の創始者俵屋宗達の代表作《風神雷神図屏風》をそれぞれ解釈してトレースするというパフォーマンス。金氏のほか、横山裕一、板垣賢司、森千裕が、屏風状の透明なアクリル板の向こうに風神雷神図屏風の原寸大レプリカを見透かしながら、観衆の目の前でトレースを画いて見せた。
琳派は、直接師弟関係を結んで系譜となった狩野派とは対照的に、時代を隔てつつも作品をリスペクトすることだけによって引き継がれてきた。ある意味、木に竹を接ぐがごとく、断続してきたものだ。日本絵画史においては、江戸琳派以降、明治に入ってからも、速水御舟、山本丘人、加山又造など日本画家が私淑して連なり、また、永井一正、田中一光などのグラフィックデザインにもその感性が受け継がれるなど、琳派は現代にもアクチュアルな影響を及ぼしている。
今回、4人の現代アート作家が《風神雷神図屏風》に接ぎ木を試みたという趣向だ。金氏と板垣、森が、わりとオーソドックスにトレースしたのに対し、横山は自身の良く使うキャラクターに大胆に引き付けて変奏した。レイヤーを成しつつも同化する宗達のレプリカと4人のアクリル板上のトレース。おまけに、その様子を写真家の梅佳代がさかんにカメラに収めていたのだが、梅自身もアクリル板越しにさながらトレースの中の人物となっていた。
そもそも美術史は、木に竹を接いできた歴史であるともいえる。それも誤解による接ぎ木だ。例えば、セザンヌの「円筒形と球形と円錐形」をピカソが誤解しキュビスムが生まれた。カンディンスキーの場合は自分の作品を誤解し純粋抽象絵画に至り、関根伸夫の《位相―大地》を李禹煥が誤解し「もの派」が誕生した。先人の作品の企図を創造的に誤解して、それを受け継ぐ。いわば誤解の連鎖である。ライブペインティング《トレースのヨーカイ》は、そうした誤解の美術史を踏まえた、いわば木と竹の溶解と解すべきだろう。
大野一雄《ラ・アルヘンチーナ頌》
第18回アートフィルム・フェスティバル
2013年12月4日
愛知芸術文化センター アートスペースA
大野一雄は「手」で踊る。
《ラ・アルヘンチーナ頌》は、大野が10歳のころ、フラメンコダンサー、アルヘンチーナの来日公演で受けた感銘を50年近くもの後、58歳になって初演した大野の代表作だ。
彫刻にトルソという形式がある。頭や四肢を欠く胴体だけの彫刻形式をいう。彫刻に元々そうした形式があったわけではない。ギリシャ彫刻やローマ時代の彫刻を発掘したとき、頭や腕などが欠けた状態で掘り出されたものは不完全なものと見なされていた。その後、その欠けた姿が美しいという発見があった。ミロのヴィーナスやサモトラケのニケが修復されないまま展示されているのはそのことも理由のひとつだという。そして、はじめから胴体だけの新作がトルソと呼ばれて制作され始めた。
一方、絵画の場合はどうか。人物画で当然一番難しいのは顔である。顔がうまく出来れば、あとの胴体などは無造作に画きなぐっても絵になる場合もあるくらいだ。そして、顔以上に難しいのが手である。手は関節が多いこともその理由だが、手の表情が、目以上に「ものを言う」のである。
大野一雄は、そういう比喩で言うと「手」のダンサーだ。58歳というと一般の人間であれば、とうに働き盛りを過ぎた年齢で、体力や気力、運動神経、柔軟性などは既に下り坂になっているはずである。そうした中で、この代表作を生み出した。手だけで踊り全体を表現したのだ。
大野は95歳のとき、華道家中川幸夫とのコラボレーションとして「空中散華/花狂」を踊った。中川は20万本ものチューリップの花びらをヘリコプターから撒き、それが雨のように、雪のように舞い落ちる中、大野は踊った。そのとき、大野はもうすでに立ち上げることが出来ないほど体力が衰えており、椅子に座ったまま舞った。それでも素晴らしかったのは、中川のおかげでもあるが、大野が「手」の踊り手であったからに他ならない。
宮本佳明《福島第一原発神社》
あいちトリエンナーレ2013
2013年8月10日(土) ~ 10月27日(日)
愛知芸術文化センター会場
宮本の建築家としての代表作であり自身の建築事務所の《ゼンカイハウス》は過激である。阪神淡路大震災で、神戸市の木造の実家は全壊判定を受けた。普通であれば全て取り壊して建て直すことになる。しかし、そうせずにまるで骨折用のギブスのように鉄骨で補強し、内装も外装も元の木造部分をできるだけ残しリノベーションした。したがって、デザインとしては全く美しくない。畳の部屋から、斜めに貫いている鉄骨が剥き出しで見えるほど異観だ。
《福島第一原発神社》はそれ以上に過激であり、異様である。宮本は、これを発表すべきかどうか、かなり悩んだという。当然だろう。世間から事故を起こした原発を神としてあがめるのかという批判を受けるかも知れない。
しかし、崇高なものを礼拝することと、祟(たた)るものを鎮魂することは裏表である。「祟」という文字が共通しているからだけではない。その典型的な例が、菅原道真である。日本最強の怨霊は結局神様となった。人間が生み出した最強の力が人間の制御を超えて暴走する。人々はそれをまるで自然からの祟りとおそれる。「おそれ」も畏怖と畏敬の二重の意味がある。
原発事故に対する多くの日本人の整理しきれない心情は、「原発」を「神社」にすることを意外にも自然に受け入れるかも知れない。
丹羽良徳
あいちトリエンナーレ2013
2013年8月10日(土) ~ 10月27日(日)
愛知芸術文化センター会場、長者町会場、岡崎会場
丹羽良徳は「へそまがり」である。
丹羽は、今回のあいちトリエンナーレ2013において複数の作品を展示した。それらは一見何の脈絡もないようにも思えるが、作品に通底する独特の作家像が浮かび上がる。
《デモ行進を逆走する》は、福島第一原発の事故をきっかけとした反原発デモの中を丹羽がひとり、デモの流れに逆らって歩き進む映像作品。
《モスクワのアパートメントでウラジーミル・レーニンを捜す》は、モスクワの市街で一般市民に対し、レーニンにちなむ物を持っていないか尋ねてまわるもの。中には、怒り出す市民もいる。それでも丹羽は淡々と受け流しながら次の市民に問いかける作品。
《日本共産党でカール・マルクスの誕生日会をする》。カール・マルクス生誕195年目の誕生日を祝うため、日本共産党名古屋支部に出かけて誕生日会への参加を働きかけるもの。
《自分の所有物を街で購入する》は、長者町のスーパーマーケット「シモジマ」で自分の所有物をレジに持って行って買うという行為の映像。
何か流行のような様相も呈する反原発デモ、ソビエト連邦の崩壊によって既に過去の思想となったと思われている共産主義、スーパーマーケットで物を買うという半ば無意識化された日常行動、そうした物事に対し、あまのじゃくな行為を仕掛ける。多くの人々が無批判に自明と考えていることに対し、丹羽はとりあえず逆らってみるわけだ。
アーティストはカナリアである。多くの人々の同調的行動や熱狂、流行に潜む少量の毒に敏感に反応する。感じないほどの微量であっても、何か危ういと思えば、踏みとどまったり、逆方向に進んだりする。丹羽はわずかな違和感を嗅ぎ取って、世間を撹拌する。
オウム真理教の事件以来、公共空間が公権力あるいは市民の相互監視という形で管理強化されている。そうした真綿で首を絞められるような閉塞感ただよう現代の空気を、丹羽は切り裂くように世間を挑発する。丹羽は、社会風潮に棹さす孤独な偏屈者なのだ。
ジャネット・カーディフ&ジョージ・ビュレス・ミラー《40声のモテット》
あいちトリエンナーレ2013
2013年8月10日(土) ~ 10月27日(日)
愛知芸術文化センター会場
円環状に並んだ40台のスピーカーから、トマス・タリスの合唱曲《我、汝の他に望みなし》が流れている。トマス・タリスは16世紀のルネッサンス音楽の作曲家である。メロディ、リズム、ハーモニーという音楽の三大要素のうち、ハーモニーを重視した西洋クラシック音楽の歴史の中でも、特にルネッサンス音楽は音どうしの純粋な響き合いを大切にした時代の音楽である。
合唱曲は一般的には4声(声部)であり、モーツァルトが二度聴いて楽譜に書き起こしたという伝説がある、バチカン教会の秘曲、グレゴリオ・アレグリ作曲の《ミゼレーレ》でさえ9声部である。40声の音楽を実際に40人が歌うことは極めて困難で、各声部を個別に録音したものをスピーカーから流しているという。
40声部もあると聴き分けることさえ難しい。個々の旋律やハーモニーが聴こえてくるというよりも、その歌声による空気の振動がまるで羽毛のような柔らかい塊、現代音楽技法のトーン・クラスターのようになって聴く者を包み込み、それが皮膚を通して身体に浸透してくるかのようだ。
10階に展示されているコーネリア・パーカーの《無限カノン》は金管楽器を円環状に吊り下げている。パーカーの作品は、影は見えるが音は聞こえない。一方、カーディフの作品は、声はすれども姿が見えない。だが、双方とも静かな祈りのような情感によって共鳴しあっている。
ソ・ミンジョン《ある時点の総体Ⅲ》
あいちトリエンナーレ2013
2013年8月10日(土) ~ 10月27日(日)
愛知芸術文化センター会場
彼女の創作の原点は、偶然見つけた航空機事故の写真である。航空機ショーで航空機どうしが接触し爆発する瞬間。その写真に決定的なインスピレーションを受けた。それ以来、ドイツの美術館や韓国の売春宿などの建物を発泡スチロールで原寸大でかたどり、それらが爆破されて四方八方に飛び散る瞬間を再現した作品を制作している。
今回の作品《ある時点の総体Ⅲ》のモチーフは、名古屋市市政資料館の地下1階に残る留置所独房。かつて長らく裁判所として使用されていたものである。それが旧作と同様、爆破されたようにかたどられている。
彼女の作品で、真っ先に目を引くのは発泡スチロールの白色である。色彩を消去することにより、特定の建物というよりも普遍性が強調されている。また、氷山も想起させることから、凍結という意味も含まれているのかも知れない。
市政資料館が裁判所として使われてきた長い時間、独房という退屈な時間、それが凍結し爆破される瞬間。スパンの違う複数の時間が重層している。
歴史の記憶が濃厚に浸み込んだ市政資料館と、被告人の記憶をたっぷり吸い込んだ独房、それが一気に浄化されるかのように白色化する。様々な時間軸が今この一瞬交錯し、そしてそれが再び違う時間軸で拡散していく。そんなイメージを具現化した作品と言えよう。
水野里奈《シュヴァルの理想宮を》
あいちトリエンナーレ2013
2013年8月10日(土) ~ 9月16日(月)
長者町会場 企画コンペ
水野の絵画作品の特徴は、平面性にあるが、ただ単に画面上で平面性が強調されているだけではない。そこに奥行があり、正確なイリュージョンが画き出されている。それぞれの色面は舞台空間の垂れ幕のように正面性を伴ったレイヤーをなしており、それが庭に見立てた構図にきっちり収まっている。
しかも、そのイリュージョンを陰影法や透視図法ではなく、絵の具の塗り重ね方だけで現前させているのだ。それに、それぞれ一筆である。横のブラッシュストロークに縦のそれを重ねたり、地を塗り残したりすることによって、レイヤー間に精緻な距離を表出させている。それはオーソドクスな絵画空間とも言えるが、その印象は鮮烈である。
タイトルになっている「シュヴァルの理想宮」は、最も有名なアウトサイダーアートのひとつである。フランスの郵便配達人シュヴァルは、配達途中で拾った小石などを33年間かけて大量に積み重ね、自分ひとりで宮殿のような建造物を1912年に完成させた。
小物を収集する水野と小石を集めたシュヴァルの行為は近しい。シュヴァルは積み重ねた小石類を宮殿に見立てたが、彼女は小物類を配し宮廷風の庭に模し、更にそれを絵画へ投射した。今回、絵画作品の横に実際にモチーフの小物類が設置されることにより、それと彼女の絵画のレイヤー的な平面性とが対比される展示となっていた。
トーマス・ヒルシュホルン《涙の回復室》
あいちトリエンナーレ2013
2013年8月10日(土) ~ 10月27日(日)
愛知芸術文化センター会場
彼がいつも使う素材は、日常にありふれた安物の材料や日用品である。この《涙の回復室》でも、ガムテープ、アルミホイル、ビニール、段ボール、ブルーシート、日曜大工用の華奢な木材などが用いられている。そして、常に作りが雑だ。特にガムテープなどは、わざと不器用に貼っているのではないかと思えるほど無造作である。
しかも素材がむき出しなので、何を象ったのかわからない。全体的には野戦病院の手術室のような感じがするが、アルミホイルの長い管状の物や玉状の物、段ボールの敷物状の物が何を意味するのかは不明瞭である。
しかし、何か大変な事態が起こり、その緊急対応のため、あり合せの物で準備したような印象だけは漂う。ただし、その大事件、大事故が何なのかを想像する手がかりはない。《涙の回復室》という題名から、何か極めて悲惨な出来事が起こり、その心の傷を癒すための場所と推察できるのみである。
乱雑な造作は、その作品のイメージの抽象度、多義性を高める。解釈は最大限、観者に委ねられている。ただし、作者は、何か大きな出来事を記憶するためのモニュメンタルなものとは違ったものを示そうとしていることだけは確かだ。我々は、何かを強く記憶にとどめようとするとき、往々に記念碑を作りがちだ。記念碑は頑丈だが、威圧的で押し付けがましい。それに対し、ヒルシュホルンの作品は、あまりにも安っぽく粗雑で脆弱だからこそ、かえって心に深く沁み入るのだ。
《涙の回復室》は再制作である。この作品は、何度も繰り返し様々な場所に仮設されることで、世界のどこかで絶え間なく起こる様々な災厄から我々の心を、時間をかけてゆっくりと回復させる効用を持っている。
アーノウト・ミック《段ボールの壁》
あいちトリエンナーレ2013
2013年8月10日(土) ~ 10月27日(日)
愛知芸術文化センター会場
アーノウト・ミックの映像インスタレーションは、いつも決まって何かもどかしい。このもどかしさは、今回の《段ボールの壁》の2面のスクリーンに中途半端な角度がつけられていること、また、天井から吊りさげられた段ボールがスクリーンを囲み、観者が近づくのを阻んでいるからだけではない。
《段ボールの壁》は、東日本大震災において実際に避難所として使われた福島県郡山市の「ビッグパレットふくしま」という国際会議場を使用し、数人の俳優と500名以上のエキストラを動員して今年4月の2日間に渡って収録されたもの。
その映像は、電力会社の役員や職員、政府の役人が避難所を訪れ、被災した住民に対して謝罪している場面で始まる。音声はなく、ふたつのスクリーンに同時刻の別アングルからのシーンが映し出される。事実の再現にも、フィクションにも見えることも、もどかしさを増幅させる。
約1時間の映像だが、中盤から終盤にかけて部分的におかしなシーンがいくつか発見される。電力会社の社員が段ボールの区画の中で一夜を明かすため雑魚寝する。しかも、電力会社の社長と思しき人物は、なぜかマンガ本を握ったまま眠りこけている。そして、映像の中盤では、被災者も電力会社の社員らも皆、次々と津波のように段ボールの壁を倒し、抗議行動のDie-inさながら身を横たえる。さらには、女性の被災者が電力会社の制服を着たイケメン人形で遊ぶシーンもある。
電力会社や政府の役人対被災者という単純な構図とは見えない。最後は皆で段ボールを中央にうず高く積んで塔のようなものを作るシーンで終わる。
アーノウト・ミックはそれら不可解なシーンが何を意味するかを明示していないが、その解釈を急いではならない。ただ、原発が事故を起こしたこと、人々が避難を余儀なくされていること、それを解決するめどは立っていないことだけは確かだ。我々は、これらの映像を澱のように記憶の底にとどめ、もどかしい気持ちを整理しきれないまま、展示を後にすることになる。
あいちトリエンナーレ2013
2013年8月10日(土) ~ 10月27日(日)
岡崎会場
今や現代アートにおける重要な媒体のひとつとなった写真は、彫刻はおろか絵画に比べても物質感に乏しく、いわば「イメージ」そのものに近い。志賀理江子は、写真に独特の方法で「身体性」というマチエールを与えることに成功している。
志賀理江子は1980年、愛知県岡崎市に生まれた。子供時代、岡崎市の中でも平凡な住宅がどこまでも続く特徴のない地区で育った。水や電気など何ひとつ不自由のない世界が昔からそこにあったかのような日常に違和感を持っていたという。その空虚を埋めるかのように西洋クラシックバレエにのめり込み、バレエが生活の全てのような暮らしを送っていたと語っている。
このエピソードに象徴されるように、志賀は自分自身や自分を取り巻く世界に確たる実感を持つことができなかったのではないか。自身の身体を含むこの世界に何かつかみ所のない物足りなさのようなものを感じていたに違いない。
その後、志賀は17才ごろ、正統バレエの美しい頂点ともいえるシルヴィ・ギエムに敗北感を覚え、バレエをぷっつりとやめることになる。それは自己の身体が思うままにならないという違和感と同時に、矛盾しているようだが、あまりにも簡単に身体が操作可能であるという希薄感の双方に引き裂かれていたのだ。言い換えれば、常に自分自身が自分の身体から裏切られることが決定的に不可避であることを悟ったのである。
ところで、舞踏家の土方巽は、かつて「命がけで突っ立った死体」とか、ダンスと身体障がいとの通底性を示唆する言説を記した。これも志賀が感じていたのと同質の、自分の身体への抜き差しならない違和感と希薄感を意味している。土方は舞うことによって自分の身体をかろうじて精神に繋ぎとめる手応えを模索していたのだ。重力からの解放を理想としたバレエに対し、土方の踊りが地を這うような“舞踏”であったのが、その何よりの証拠である。志賀は、後に「当時、ピナ・バウシュを知っていたらバレエを諦めなかったかも知れない」と告白していることからも察せられるように、従来のダンスとは別の身体性を求めた土方やピナと同じ問題意識を、写真という表現媒体で具現化しようとしたとも言える。
そんな志賀の写真は、いわゆるスナップショット写真とは正反対の構成写真である。まず被写体を徹底的に演出し作り込んで撮影。さらに、一度プリントされた写真にカッターナイフや針で切り込みや穴を開け、裏から光を当てながらそれを再び撮影するなど入れ子状の手法をとっている。
このように写真に切れ込みや針穴を穿ってマチエールを生み出す作業は、直截にいうと、自傷行為のような気がしてならない。自傷行為とは、身体の不確かさ、世界の不確かさに対し、自分を傷つけることによって確かな実感を得ようとする行為である。そうすることによって志賀は、写真という単なる薄っぺらな皮膜に、血を通わせ息を吹き込もうとしたのではないか。志賀の写真を見たときの第一印象が不気味であるのは、そのイメージがまさに観者の皮膚感覚に迫ってくるからなのだ。
さらにそれにとどまらない。例えばゲルハルト・リヒターや荒木経惟は写真の表面にペインティングを、清川あさみは刺繍を施すことで、それぞれ写真に身体性を持ち込んでいる。それらとの決定的な違いは何か。それは、志賀が最後はあくまでも写真として仕上げていることだ。つまり、再度、イメージの中に身体性を周到に封じ込める。それは、観者がすぐには作品の中の身体性に気づきにくくする効果を持つ。そして、イメージがあたかも観者の身体にゆっくりと突き刺さってくるような凄みを作り出しているのだ。
志賀理江子の写真の滑らかな表面に仕込まれた鋭い刃に、志賀のただならぬ情念を感じざるを得ない。
やなぎみわ《案内嬢パフォーマンス》
あいちトリエンナーレ2013
2013年8月10日(土) ~ 11日(日)
愛知芸術文化センター フォーラムⅠ
やなぎみわの《案内嬢パフォーマンス》は愛知芸術文化センターの劇場ではなく、2階から10階までの陽が良く入る大きな吹抜けのスペースで昼間の時間帯に行われた。したがって音響効果はある程度使用できたが、照明効果は使えなかったにもかかわらず、良く観者を集中させることができた。
映画や演劇、ダンス、音楽などホールや劇場といったいわゆるブラックボックスの中で行われる舞台芸術は、観客席など周囲を暗くしスポットライトで観客を舞台に集中させることが容易だ。つまり、観者を感情移入に誘導しやすい。マーシャル・マクルーハン流に言えば、ホットメディアといえよう。
一方、絵画や彫刻、写真などの造形芸術は、一般的にはホワイトキューブと呼ばれる美術館の展示室に設置されることが多い。観者は作品を客観視して批評眼を働かせて鑑賞することになる。対比的に言えばクールメディアである。
そういう意味で、照明効果や音響効果が使えない白昼下のパフォーマンスはどちらつかずで、観者もスタンスを取りにくい。家庭で昼間にTVやビデオを見ているようなカジュアルな感覚に近い。最近のビデオインスタレーションと呼ばれる形式では画面を大きくし、薄暗いホワイトキューブで展示することによって、この問題を解決している場合も少なくない。ホワイトキューブとブラックボックスの境界は曖昧化している。
さて、今回の《案内嬢パフォーマンス》は、観者にはあらかじめFMラジオが手渡され、イヤホンで台詞や効果音を聞くことになる。このイヤホン、ホットメディアの役割を発揮し観者を音響的に集中させることにかなり大きな効果があった。登場人物はやなぎの十八番の案内嬢だが、20分間ほどのパフォーマンスであったので、ストーリーは演劇というほどの筋があるわけではない。「ラジオ・東京」という米国に対するプロパガンダ放送と、サミュエル・ベケットの《ゴドーを待ちながら》を引用、融合したもの。案内嬢は「ラジオ・東京」のアナウンサーも演じた。
古くはワーグナーの楽劇、新しくはピナ・バウシュのタンツテアターを意識すれば、今回のやなぎは、ダンスと演劇に、アナウンスという話芸を加え、それにラジオを盛り付けた欲張りな形式となっている。このようにホットメディアとクールメディアとの混在構成でありながら、観者の意識を少しも弛緩させることがない構築力が光った。
打開連合設計事務所《長者町ブループリント》
あいちトリエンナーレ2013
2013年8月10日(土) ~ 10月27日(日)
長者町会場
3年に一度の現代アートの祭典「あいちトリエンナーレ2013」の作品第1号が会期に先がけて設置され、5月の連休から公開された。
設置された場所は伏見地下街。名古屋駅と栄駅、両繁華街の中間に位置し空洞化が進行する地区である。地下街への階段を降りたとたん昭和30年代にタイムスリップする。シャッター商店街になりかけ、かろうじて営業している洋品店や喫茶店、理容室なども、外装もそのまま昭和レトロの香りを漂わせている。失礼を承知で言えば、白昼夢かシーラカンスのような佇まいだ。
そこに目をつけ、現代アート作品を設置した作家は台湾から来日した「打開連合設計事務所」。代表作の《Blue Print》は、都市計画により無残にも切断された築100年の建物のリノベーションである。切断面を建築設計図の青写真を模して青色に塗り、そこに白線で透視図を画いた。建物の梁や内壁、家具が、まるで内臓や骨のごとく残酷にもむき出しになっている。そして、その傷口を青く塗り、稜線を白い線で際立たせる。今や青焼き自体が懐かしいが、それが建築が持っていた記憶を呼び覚ます効果を持つ。
さて、伏見地下街に設置された作品、《長者町ブループリント》は、地下街への5つの階段口を青く塗り稜線を白線で際立たせ、地下街の途中5ヵ所には、青地に白の輪郭で階段や「忠犬ハチ公」が画かれている。それも、ある一定の視角から眺めると透視図法的に立体感をもって立ち現れるように計算されてもいる。地下街を通過中、ビューポイントにさしかかると、それまで平面的に歪んだ図形が突如として階段や犬として立体的に飛び出してくるというトリック仕掛けだ。ジョルジュ・ルースにも似るが、ルースの場合、ビューポイントから見たとき、建物の立体感は消え去り平面的な図形だけが浮かび上がる。これに対し《長者町ブループリント》の場合、建物の立体感は残ったまま、別の透視図が現れる。現在と未来がダブルイメージとなって立ち上がる。
青焼きはいわば未来への設計図であり、それが古びた商店街と奇妙な調和を見せる。つまり、昭和30年代へと時間を遡るタイムトンネルが、実は未来への設計図と繋がっているのだ。
ところで、今回2回目の「あいちトリエンナーレ2013」のテーマは『Awakening揺れる大地。われわれはどこに立っているのか。記憶、場所、そして復活』である。それは、直接的には東日本大震災後のアートをテーマにしている。しかし、その土地・場所に塗り込められた記憶を呼び覚まし(=Awakening)、際立たせ、再び記憶として刻み込むという意味にも解釈可能だ。《長者町ブループリント》は、文字どおりこのテーマの設計図のような作品だといえる。いずれにしても、設置第1号にふさわしい作品であることだけは間違いない。
フランシス・ベーコン展
2013年6月8日(土)~9月1日(日)
豊田市美術館
フランシス・ベーコンは、間違いなく20世紀の重要な画家のひとりである。特に、その主題性を高く評価する論評は多いが、本稿では冒険として辛口の記述を試みる。
東京国立近代美術館と豊田市美術館を巡回した「フランシス・ベーコン展」は比較的大規模な回顧展で、見ごたえを感じた一方、物足りなさも残った。その理由は、世界中の様々な美術館や個人のコレクションから借り受ける困難さを割り引いたとしても、今回、明らかに代表作や傑作が少なかったからである。そして、その根本原因は、ベーコンの作品がじつは代表作や傑作が思いのほか多くないことにある。
端的にいえば1965年前後の三幅対シリーズあたりから、作品の訴える力が急速に落ち始めている。三幅対の主題的な重さにもかかわらず、一言でいえば、絵画的に薄っぺらなのだ。例えば、それは、1959-60年《歩く人物像》(ダラス美術館蔵)のデッサンの拙劣さ、1983年《人物による習作》(メニル・コレクション:ヒューストン)の電気の配線やコンセントのおざなりの描写、また、1969年《ジョージ・ダイアの肖像》(ルイジアナ美術館蔵)や、1991年《三幅対》(MOMA蔵)の悪い意味でのポップアート的な表現に顕著に表れている。これらの作品からは、一旦でき上がった様式をテンプレートにした、単なる絵作りの手際の良さしか見えてこない。
ところで、絵画の歴史上、一目で作者を同定できる様式を確立した画家は勿論そう多くはない。ベーコンは若いうちにそれを成し遂げたわけだが、ベーコンがマンネリズムに陥った原因は、若いうちに様式を確立したこととともに富と名声を獲得したことが大きい。おそらく、経済的余裕と安定した生活を手に入れたことで、作品や自己と真剣勝負する時間を持たなくなったのだろう。そしてベーコン自身が自分の様式をなぞることに陥ってしまったのだ。対照的に、1950年代のローマ教皇のシリーズまでの各作品の画面からは、絵作りに苦闘した痕跡が感じられ、それが絵画的な重厚さに結びついている。
ちなみに、同じ不幸は、20世紀の具象画の大家であり、主題的にも共通性を持つベルナール・ビュフェにもいえる。ビュフェの場合は、ベーコンより顕著で、第二次世界大戦直後の1940年代後半、針金のように細く縦に引き伸ばされた人物像の様式で、富と名声を確立して以来、ずっと自己模倣に堕してしまっているといってはあまりにも過酷か。
ところで、傑作が意外に少ないと述べたその舌の根も乾かないうちだが、もし1965年までの次の作品が加われば、奇跡のベーコン展になるだろうと付け加えたい。なぜなら、これらの時期の作品からは、画面との格闘とその裏側の自己への苦悩の痕跡がまざまざと見えるからである。ベーコンを(ちなみにビュッフェも)愛する者のひとりとして、いつかこれらを一堂に鑑賞できる日を夢に見たい。
・1944年《磔刑の下の人物の三習作》テートギャラリー蔵
・1945年《風景の中の人物》テートギャラリー蔵
・1949年《頭部Ⅱ》ウルスター美術館蔵:北アイルランド
・1946年《絵画1946年》MOMA蔵
・1953年《ベラスケスの教皇インノケンティウス10世の肖像に基づく習作》デモイン・アートセンター蔵:アイオワ州
・1953年《2人の人物》個人蔵
・1962年《磔刑図のための三習作》グッゲンハイム蔵
アントニオ・ロペス 現代スペイン・リアリズムの巨匠展
2013年4月27日(土)~6月16日(日)
Bunkamuraザ・ミュージアム
アントニオ・ロペスは、現代スペインの写実絵画の源流とみなされており、磯江毅や野田弘志ら現代日本の写実系の画家にも強い影響を及ぼしている。もちろんロペスの絵画は単なる写実ではない。しかも、超絶技巧の写実でも、迫真の写実でもない。
ロペスのモチーフは、極めて日常的な情景、変哲のない事物だ。冷蔵庫やバスルーム、トイレといった室内、マルメロの木などの植物、マドリード風景、人物や肖像。そして、いずれもこれといったドラマを画いているわけではない。あえて物語性を持たせない意図すら感じる。ある特定の人物をモデルにしてはいるものの、あたかも普通名詞の「ヒト」を画いているかのようである。いわゆるトローニーだ。
数年間をかけて制作することも多い。定点観測のように同じ季節、同じ天候、同じ時間帯を何年もかけて制作する。それでいて、どの作品もどこか未完成感が残る。何の変哲もないモチーフを長期間にわたって制作し続ける。ある場所・モチーフを取り上げ、季節、天候、時間を特定して画き込むことによって、逆説的に実在を超越した不特定性、普遍性を獲得しているのだ。
ここで、ふたりの画家を連想する。長谷川潾二郎とゲルハルト・リヒター。長谷川も極めて遅筆であった。ある場所やモチーフを画くために、同じ季節の同じ天候の同じ時間帯しか画かない。したがって完成するのに数年間かかることも多く、例えば《猫》は画き始めて6年目で愛描タローがとうとう死んでしまったため、髭が片方だけになった。
一方、リヒターは「アトラス」シリーズを典型として写真などイメージを膨大に収集する。そしてそれらを基に、写真と関連づけられた人物画や風景画、あるいはカラーチャートのような無機質な絵画、そして、箆で一気に絵の具を塗った不定形な絵画などシリーズごとに制作を重ねている。リヒターの作品はある意味、一点だけでは作品として成立しない。つまり、シリーズとしての連作、リヒター作品全体が「アトラス」=地図のように全体的な構造になっているのだ。こうした長谷川の未完成性、リヒターの連作性にロペスとの通底を見る。いわば、ワーク・イン・プログレスとしての絵画ということだ。
絵画が写実という役目を写真に奪われてから久しい。その後、絵画は写真では表現できないものを追求してきた。それがミニマルアートである一定の飽和状態、袋小路に突き当たったとすると、この3人の画家はミニマリズム以降の絵画という先の見えない巨大な壁に挑んでいるような気がしてならない。奇しくもロペスはラマンチャ生まれだという。絵画はまだ終わらない。
森山大道展 ―MONOCHROME+COLOR―
2013年4月15日(月) ~ 5月11日(土)
中京大学アートギャラリーCスクエア
森山大道はカメラにこだわりをもっていないという。小型・軽量でありさえすればどんなカメラでも良いらしい。アナログフィルムにも執着がなく、デジタルで十分とのこと。絞りもピントも構わず、ほとんどオートで撮る。それよりなにより、一枚でも多くのシャッターを押すことが大切だという。森山は「ひたすら歩いて見つけて出会って撮る」。しかも、森山は自身の職業を写真家でもカメラマンでもないとすらいっている。
森山自身、あたかも代表作の野良犬のように街を猟歩しカメラで被写体を狩るのだが、それではいったい森山は何者で、何を表現しようといているのか。
森山の写真はほとんどがモノクロームである。モノクロームであるからこそ想像力を掻き立てられる。観る側がモノクロームの街に不安という色彩を施す。今回、珍しく、カラー作品もあったが、どれもけばけばしく安っぽい。我々は、そこに都市特有のドロドロと渦巻く情念、隠微な熱気を見る。森山は観る者の想像力に働きかけ、街をある種得体の知れない不気味な“不安”という生命体に仕立て上げる演出家なのだ。
一時期、森山(らのグループ)のトレードマークは、「アレ、ブレ、ボケ」であった。アレ、ブレ、ボケた都市のテクスチャーは、観る者に不穏な感情をかきたてる。人々は、アレ、ブレ、ボケた画像を見ると、もっとはっきり見たいと渇望する。鮮明に見えない街の映像に言い得ない不安を覚える。なぜなら、我々は、都会の隅々までが光に照らされ了解された世界でないと心を落ち着かせることができなくなってしまったからだ。だが、そんな陰影のない、薄っぺらな世界など本当はどこにも存在しはしない。
我々は、森山というメディアを通して都市を見る。森山のブレた白黒写真を通して、観者はある意味、勝手に己の不安を読み込み、都市に自画像を見ている。森山にとって都会は、たんなる被写体ではなく、演出すべき俳優なのだ。
円山応挙展 ――江戸時代絵画 真の実力者――
2013年3月1日(金)~2013年4月14日(日)
愛知県美術館
http://www-art.aac.pref.aichi.jp/exhibition/history/2012_05.html
http://event.chunichi.co.jp/okyo/outline.html
今回の展覧会の圧巻はなんといっても《松に孔雀図襖》。今回はガラスケース越しでなくじかに見られる。しかも、美術館内に仮設した和室に組み込まれての展示だ。
建物に組み込まれた襖絵を西欧近世・近代絵画の感覚から見ると、襖の桟や引き手、柱は鑑賞するのに邪魔物としか思えない。襖絵に限らず日本の近世までの絵画は、西欧近世・近代絵画のように世界を遠近法で透視し切り取る窓あるいは鏡ではなかった。当時、襖絵の座敷を訪れた客は座ったり、近くに寄ったり、歩き回ったり、庭に下りたりして眺めたに違いない。キュビスムのように多視点で画かれる必要もない。観る者の方が動き回ったのだ。
今回の《松に孔雀図襖》の場合、襖を一枚開け放しても、松の枝や幹が隣の襖のそれと連結するという。また、庭に出て振り返れば、襖の松の幹や枝が庭のそれとつながって見えると解説されていた。襖がそれそのものだけで完結せず、座敷、屋敷、庭、あるいは借景も含めた周囲と関係づけられているわけだ。つまり、日本美術における絵画は、サイト・スペシフィックな“インスタレーション”なのだ。
黒田辰秋・田中信行-「漆という力」
2013年1月12日[土]-4月7日[日]
豊田市美術館
ボランティアガイドによれば、田中信行にとって漆は「木の血液」であるという。そう聞くと特に、初期の作品《原型Ⅰ》(1994年)などは、漆の瘡蓋のようだ。しかも、形が崩れないように傷口からそっと剥がした後の不気味さ、生温かい艶めかしささえ感じられる。
一方、1999年の作品《Orga》は、少し離れた位置から見ると、まず漆黒の表面の艶やかさが印象的である。近づくと、半球に近い形状の作品が見上げるような高さに掛かっている。その半球はゆるやかに歪んでいるため、重さがなく宙に浮かんでいるようだ。さらに近づいてその漆黒の表面を覗き込むと、周りの情景が鏡のように映り込んでいることに気づく。すると漆の皮膜は沈み、目の焦点は虚像の中を浮遊してしまう。アニッシュ・カプーアの《世界の起源》を覗き込んだ時と同じ感覚だ。《世界の起源》をネガとすれば、《Orga》はそれをポジに反転したものとも言えようか。
さて、田中信行の作品に一貫する特徴は、質感であると言い切ることができる。質感のみで成り立っているといっても過言ではない。もちろん、黒や赤といった色彩は使われているし、明確なフォルムもある。しかし、それらの色や形もすべて質感を際立たせるためにある。ヌラリとした質感、浮遊するような感覚へ誘導するための色であり、フォルムなのだ。田中は、大学において絵画、彫刻、工芸等の学科の中から、消去法で漆芸を選んだという。おそらく、漆という質に出会ったのだ。「耳が私を選んだ」という三木富雄の言説に倣えば、「漆が田中を選んだ」に違いない。また、原口典之の《Oil Pool》に衝撃を受けたという話も聞くと、漆という質への強いこだわりは、素材の質感へのこだわりを特徴とする「もの派」の資質を正統に継承していると思う。
ところで、人はかすかな音を聴こうとするとき、耳をそばだて、耳を澄ます。田中信行の繊細な質感を見ようとするとき、人は自ずと目をこらし、いわば“目”をそばだて、澄ますのではないだろうか。そのように、静かに見つめると、まるでその漆の皮膜の微細な表情に誘われ、あたかもそれに触れているかのようだ。視覚と触覚が溶け合った共感覚である。瞑想を誘う静謐な質感にこそ田中の作品の本質がある。ただ一方で、田中の作品は、その繊細な表面ゆえに、触れられることを強く拒絶しているようにも感じる。徹底的に目で感じることを強制しているように思えるのである。それは穢れなき何か、神聖な何かに出会った時と同じ、近づきたいが近づき難い、触れたいが触れ難い相克的な情動にも似る。しかも、そのもどかしさは、心地よくもあるという錯綜した感覚でもあるのだ。
田中作品の多義的な平明さをかみしめた、ゆったりした時間であった。
黒田辰秋・田中信行-「漆という力」
2013年1月12日[土]-4月7日[日]
豊田市美術館
豊田市美術館「黒田辰秋・田中信行|漆の力」展は企画意図どおり、二人の作品の対照を鮮やかに際立たせている。黒田のどっしりとした重厚感に対する、田中の滑らかな浮遊感。黒田の用の美に対する、田中の純粋鑑賞漆芸とでもいうべき自律性。黒田の華(花)紋彫刻は大胆で力強い。それに対して田中の作品の皮膜のような表面は、手を触れば窪むかと思えるほど繊細だ。
また、黒田の作品は、映画監督の黒沢明が使用した通称《王様の椅子》を典型に、あくまでも実用に供されることを前提としている。使い込めば使い込むほど味が出るだろう。一方、田中の作品は手で持ったり使ったりすることはおろか、作品の皮膜は、触れられることに対する強い拒否感、徹底的に“目で触れる”ことを強いるような緊張感に満ちている。ある種の神聖性さえ感じる。
ところで、今回同時開催の他の二つの企画展は、黒田と田中の対照性に加え、それぞれに相似性も見せている。まず、「さわらないでください!?」展。展覧会名からして視覚と触覚を切り口にしており、田中の作品におけるテーマのひとつである共感覚との相似性という伏線を感じる。個々の作品についても、小清水漸の《作業台・七人と一人の食卓》は、黒田の力強い用の美と響きあっているし、原口典之の《Untitled CD-40》、《Untitled CA-39a》の瞑想的な作品や村上友晴《無題》の寡黙な作品は、田中の繊細な作品の補助線のようだ。中村哲也の《不知火》も現代アートと工芸の間にある通底性という点で、黒田の工芸と田中の現代アートという同一テーマを扱っている。
さらにもうひとつの「岸田劉生とその時代1910-1930」展は一見無関係のように思える。しかし、その中のブランクーシ《雄鶏》は、田中の作品との関係において、ブロンズと漆という素材上の大きな対照性にもかかわらず、ブランクーシの上昇感と田中の浮遊感、あるいはブランクーシの神々しさと田中の瞑想性という点では共振しているかのようだ。今期の豊田市美術館の展示企画の妙に感服しきりである。