2014年11月9日日曜日

夢見るテレーズ

バルテュス 《夢見るテレーズ》
2014年4月19日6月22日
東京都美術館

 蝶は、サナギから成虫へと羽化する時、短時間でその体を変える。サナギの背中に出来たひとすじの割れ目から、成虫が顔をだす。太い体に小さく縮んだ翅(はね)。もそもそと這い出して、サナギの殻の近くの枝にとまってじっとする。小さく折りたたまれた翅が、徐々に広がっていく。翅の中には、翅脈(しみゃく)があって、体液がそこに流れ込む事で、やわらかな皺だらけの羽が、ピンとのびていく。

 春、東京都美術館でバルテュス回顧展を見た。その中で注目の作品をひとつあげるならば、《夢見るテレーズ》だ。片膝をたてて長椅子の上に座り、両手を頭の上で組みながら軽く目を閉じ微睡む少女。バルテュスが少女を描いた中では、最もよく知られている作品だ。

 長椅子にのせた足の間から下着が見えるポーズのために、思春期の少女のエロスを描いた、などと言われる事もあるが、とてもその様には見えない。棒の様に細い腕や足は、思春期の女性のふっくらと瑞々しい肢体とは異なり、むしろ子供の体を思わせる。作品のモデルとなった少女は、パリにアトリエを構えていた時の近隣の失業者の娘と言われており、当時まだ13才だった。確かに子供だ。興味深いのはその表情である。眠っているように見えるが、目を閉じて考え事をしているのだとしても頷ける。憂鬱そうに考え事をしているような横顔と、無造作に足を開き、スカートの下を無防備に晒しても気にしない素振りが、大人と子供の入り混じった様相を見せる。太ももあたりをつついたら、「うっさい、ボケ」など愛嬌のある返事が飛んできそうで愛らしい。足元で、周りなど気にする様子もなく皿のミルクを舐めている猫は、無垢な少女の化身にも思える。

 テレーズと対照的なのが、《鏡の中のアリス》だ。上着は無く、ミニスリップ姿で髪をとかしながら肩紐をはずし、片方の豊満な乳房を露にしている。片足を椅子の上にのせ、スリップの裾から、性器を覗かせる。成熟した肢体は、露骨なまでのエロティシズムを醸し出し、異性の目を引くには十分であるが、どこを見ているのかわからない白い目は、素朴な愛らしさを失った無機質な表情だ。

 バルテュスにとって、女性の美しさとは何だったのか。何度も少女のモデルをとっかえひっかえしたのは、子供から大人へと変わって行くその瞬間に美を求めたのだろう。子供ではない、しかし、大人にもなっていない。未成熟だが、これから確実に成長するであろう肉体。その限られた時間の中に女性の美しさを見たのだ。まさに、サナギからはい出たばかりの成虫。わずかの時間の間に、ぷっくりと膨らんだ体から、体液を押し出し、翅脈に満たしていく。翅が伸び切った頃には、体もすっかりとスリムになって、ふわりと空中に飛び出す。アトリエという誰も立ち入る事の出来ない密室の中で、バルテュスは、サナギから成虫へと変わって行く少女をじっと見つめていたのだろう。

 三菱一号館美術館の「バルテュス最後の写真 ―密室の対話」展では、晩年、デッサンが難しくなったバルテュスがポラロイドを使って、モデルの少女を映した写真を展示していた。しなやかに伸びた足、わずかな膨らみを見せる胸。まさに今、蝶となって飛び立たんとする美しさだ。驚いたことに、そのモデルとなった女性もゲストで来館していたという(サイトで紹介)。すっかり大人となったその人は、一目では、同じモデルの女性とはわからなかった。バルテュスが少女に拘った理由やはりそこだったのだ。



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