2014年11月18日火曜日

札幌国際芸術祭 宮永愛子 《そらみみみそら》

宮永愛子 《そらみみみそら》
札幌国際芸術祭
2014719日~928
札幌芸術の森美術館

 以前、宮永さんの作品を拝見した事があります。長い透明なアクリルのケースの中に、白いナフタリンで作られた時計、ハイヒール、コーヒーカップ等が置かれていました。それらナフタリンのオブジェは、時間の経過と共に徐々に形が崩れていきます。昇華という物理現象が、固体状態にあるものを気体へと変えるのです。短い時間でその変化を目にする事は出来ませんが、1日という時間のスケールで見れば、形あるものが、その姿を失っていく様子がよくわかります。同時に、アクリルケースの内側には、ナフタリンが白い雪の様な結晶として、再び姿を現します。気化と再結晶化を繰り返す様は、時間の流れを感じさせてくれました。

 今年、夏も盛りの頃、札幌国際芸術祭のメイン会場のひとつで、札幌郊外にある芸術の森美術館を訪問しました。そこに展示されていたのが、宮永愛子さんの作品。今回は、以前(2005年)の作品《そらみみみそら》の発展形だそうで、説明では、「サウンド・インスタレーション」。陶器の底に塗られた釉薬の割れ-「貫入」-の音を聞かせる作品です。

 展示室に入ると、中央に置かれた大きなトロッコが目を引きます。その赤錆だらけのトロッコを取り囲む様に、白い陶器がぐるりと並べられている。宮永さんは、この作品の構想を練っていた時、美術館の隣を流れる豊平川の話を聞いたそうです。川を遡って行くと、古い鉱山跡にたどり着く。更にその地下深くに、鉱物を採掘した後の大きな空洞があり、地下からの湧水や地面からしみ込んだ水が溜まった地底湖の様なところがありました。豊平川の水源のひとつであるこの地下水を、陶器の釉薬に混ぜて使用したそうです。展示室のトロッコも、この鉱山で使用されていたのでしょう。

 「貫入」による音とは、どのようなものでしょうか。一般に陶器は、粘土の素焼のままでは、水を吸収しやすいため、表面に釉薬を塗った後に焼く事で、表面をガラス質で覆う事が出来ます。「貫入」とは、このガラス質の釉薬が、陶器素地との収縮率の違いにより、冷えて行く時、割れ(またはひび)が発生する事です。窯から出した直後の陶器は、急な温度の低下の為に、「貫入音」が賑やかに聞こえると言います。

 今回の展示の陶器は、窯から出してだいぶ時間が経過しているので、頻繁に貫入音が聞こえるわけではありません。陶器の底に釉薬が溜まり、少し厚いガラス質の層が出来ています。宮永さんは、釉薬の調合により、この貫入が、時間を経過した後も、断続的に発生する様にしました。つまり、陶器を置いておくだけで、自然と「貫入音」が鳴るわけです。

 実際に、作品に聞き耳を立てていたのですが、よくわかりません。定期的に、例えば、3分毎に発生させる、と言ったところまでコントロールは、出来ていない様です。鑑賞者は、いつどんな音が聞こえるか、わからないままじっと静かに作品を見つめ続けます。

   「チン!」

突然、小さな音ですが、確かに聞こえました。ガラス質のものが割れるならば、「パリッ」の様な音を想像していたので、意外でした。フライパンの底をナプキンで包んだスプーンで軽く叩いた様な、硬質な響きでした。

 陶器は、何も変わらない不動の固体の様に見えますが、実は変化し続けているのだという事を、「貫入」という現象が教えてくれます。土と釉薬(ガラス)の収縮率の違いが、両者の間に緊張のエネルギーを生み、ある時その均衡が崩れ、亀裂が生じます。人の目には見えない、均衡と崩壊の繰り返し。宮永愛子の作品は、私たちの住むこの世界では、永遠に不変のものなど無く、時間の流れの中で全ての事象は変わり続けている事を教えてくれます。

                                egg:多田信行



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