2014年10月15日水曜日

「漆という力」―田中信行作品について―

黒田辰秋・田中信行-「漆という力」
2013年1月12日[土]-4月7日[日]
豊田市美術館


椀をはじめ漆工芸品は私たちの身近にあり、その実用的で優美な造形は日々の暮らしを彩ってくれる。今回の展覧会では黒田辰秋の作品が、その最たるものの一つとして紹介されていた。黒田の椀や箪笥、応接セットなどは入ってすぐの展示室にあり、緻密な木工細工と漆の艶やかさを楽しむことができた。しかし、のちの部屋に配された田中信行の作品は、食器や家具としての形状をなしていない「何か」であった。

丸い形状の麻布に漆が塗られた《Orga》と名付けられた物体は、独特の存在感を持ち、展示室内の光を不気味に反射していた。じっと見ていると、その物体そのものが鈍い光を放っているかのように感じた。暗い部屋に置かれた《触生》《触生の記憶》は朱色の漆が使われており、薄く丸まったものや花弁のように広がり波うったものが群をなしていた。それはまるで体内に隠れている臓器が巨大化したようだった。天井の高い最も大きな空間に《Inner side-Outer side》という人の身長よりも大きな作品が立てられていた。筒を縦に半分にしたような形状で、Outer side(表側)に映る観る者の像は歩を進める毎に歪み、Inner side(裏側)にまわると、像は常態と上下に反転して映り、重力のない世界がその中に広がる。

このように不安な雰囲気を醸し出す田中の作品は、ここではないどこか、異世界につながる装置のように思われ、こちらの現実世界に揺さぶりをかけてくるようであった。作品のむこう側にある異世界では、こちら側をどのように見ているのであろう。死後の世界であったり、もしも過去のあの時に違う道を選んでいたならば歩んでいたかもしれないパラレルな世界であったりと、そのような異世界が今の自分があることの不安定さを投げかけてくるようであった。
漆の妖艶な輝きに、今、作品を見ているというこの瞬間の身体と時間、空間を強烈に意識させられた。



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