2014年10月16日木曜日

黒田辰秋~「日常の美」の中で~

黒田辰秋・田中信行-「漆という力」
2013年1月12日[土]-4月7日[日]
豊田市美術館


 黒田辰秋は大正・昭和と活躍した木漆工芸家で、木工では初の重要無形文化財保持者である。柳宗悦、河合寛二郎らからの強い影響のもと民藝運動に参加。御大礼記念国産振興博覧会(1928)における柳宗悦企画「民藝館」に出品するなど、初期民藝運動の一翼を担った人物である。
黒田の特徴は民藝の理念「用の美」に立脚しながらも、自由な発想による大胆な造形にあるといえる。
しばしば朝鮮家具の影響や、繰返し用いられた花紋からはゴシック様式との共通点が指摘されている。それらは紛れもない事実であるが、彼の中で滋養された多くのイメージは、国籍はおろか歴史性さえも軽々と超えたものに昇華されている。
 とりわけ、《拭漆楢家具セット》は、それを鮮明に表している作品といえる。
これは別名「王様の椅子」と呼ばれている、映画監督黒澤明の別荘のためにオーダーされたダイニングセットである。この中でひときわ目を引く椅子は全高128.5cmという異様な高さと、肘掛と一体の太い脚を持ち、座る人を包み込むような形である。背面には特徴的で大きな彫花紋が配されている。欧米の邸宅にあってもおかしくないようなダイニングセットではあるが、どこかしら現代の日本人でも分かる親しみやすさを併せ持っている。
先に黒田の特徴は「大胆な造形」と言ったが、それが「用」と「美」として無理なく統合されているのは、常に「日常」を意識していたからであろう。
《拭漆楢家具セット》は実際製作にあたって、1967年の欧州旅行の際の研究を参考にしているといわれている。しかし黒田は「人間にとってイスってなんだろう(中略)権力の座にもなるが、憩いの場でもある。しかも次の動作に移れる自由も欲しい。」と述べており、日本人にとっての「イス」とは何かを考えていた。
また「日本人はどうしても畳と縁が深いから、腰掛もするがあぐらもかけるようにしたい。」とも述べており、そういった考えの表れがこの「王様の椅子」であった。
 なるほど、大きくて、椅子の高さに対して低い座面は、畳文化で培われた日本人ならではの発想である。背の低い長椅子を配することは、欧米に比べればはるかに狭い日本の「ダイニング」での視覚的、精神的圧迫の軽減に役立っている。また背面の彫花紋は、座る人の頭部辺りに配されており、さながら映画のセットのようで、映画監督黒澤へのオマージュにも感じられる。黒澤もまた黒田作品を愛してやまない一人であったという。
《拭漆楢家具セット》は空間的、身体的にも親和性を要求される「イス」における、「日常の美」の提示といえる。
 重要無形文化財保持者という技術力に裏打ちされた造形は、強烈な存在感を放ちはすれども、決して我々を拒絶することはない。道具は使われる事が本分だということを、黒田は誰よりも体現しているのである。


egg:長良かおり

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