2014年10月23日木曜日

新たな彫刻の向う先

名和晃平《Faom》
あいちトリエンナーレ2013
2013年8月10日(土) ~ 10月27日(日)
納屋橋会場


 暗い通路を抜けて、展示場に入る。そこには、漆黒の闇が広がり、中央に白い泡の山が浮かび上がる。床には黒い小さな砂利のようなものが敷き詰められ、固められている。艶消しの黒い塗料が、床と壁、天井の境目を曖昧にし、見る人に、暗闇がどこまでも続いているかの様な錯覚を与える。泡の山は、部屋の中央にある池の上に浮かんでおり、耳を澄ますとブクブクと音が聞こえる。白い泡は、常に作られ、消えていく。その日の気圧などにより、泡の生成と消滅のバランスが変わる事で、山もその姿を変えていく。
 名和晃平が、鑑賞者の為に解説テキストを提供した。
 「絶えず湧き出る小さな泡(Cell=セル)は、次第に寄り集まって液面を覆い尽くし、泡の集合体(Foam=フォーム)として、有機的な構造を自律的に形成してゆく。立ち上がったボリュームは、互いにつながり合い、飽和し、膨らみ続け、時には鈍く萎えてしまって地面に広がる。個々の泡(セル)は、生成と消滅というシンプルなプロセスから逃れることはなく、代謝や循環を支える細胞の本質的な振る舞いと似ている・・・」
 説明を読むと、生物細胞の代謝や循環の概念の様なものを、泡の“彫刻”で表現した様に思えなくもないが、そうではないだろう。以前、インタビューで語った事がある。
 「自分の中の物語を作品化することも試みたが、手応えがなく、逆に何かどんどん狭い方へ、
袋小路に進んでしまう気がした。もうこれはやめようと・・」
 物語やコンセプチュアルな何かを表現するのではなく、彫刻に於けるジャクソン・ポロックのような、新たな表現形式の提示が、自分のやるべき事と考えたのだろう。
 名和作品の特徴のひとつは、新しい表現形式を実現する為の新しい彫刻素材の発掘だ。今回は、Foam-泡の塊だ。これまでにも、ビーズやら、発泡樹脂など様々な素材を扱ってきた。もうひとつは、これら素材が作品全体をどう構成し、どう組み込まれるのか、その基本的な概念の整理だ。構成要素の最小単位を「Cell」と呼び、全体の表現形状との関係を以下の様に説明している。

<構成要素>    <全体>
Picture + Cell   = PixCell
Object ÷(Cell×n) = PixCell [BEADS]
Object ÷(Cell×1) = PixCell [PRISM]
(Cell×∞) = PixCell [LIQUID]
(Cell×n) = AirCell [GLUE]
Void × (Cell×∞)  = Scum [SCUM]
Object ÷(Cell×∞) = Villus [SCUM]

 今回の泡(Foam)の作品については、[LIQUID] 若しくは、[SCUM]の分類になるのだろうか。
これらの彫刻表現を実現する為に、名和は、製作工房-SANDWICHを運営する。ここに様々なエキスパート達を集め、作品を作り上げていく。新たな素材が、作品の製作に活かせるかの実証実験をしたり、大型作品の製作では、今では不可欠となったCAD(コンピュータ支援設計)を活用する。最近の大型作品、韓国チョナン市の「Manifold」や瀬戸内国際芸術祭の「Biota」等は、この工房の人材と技術がなくては実現できないものだ。SANDWICHは、名和の創作活動に必要不可欠なものだ。しかし、この工房を維持する為の代償も大きい。多くの大掛かりな作品を作り続けなければならない、といったジレンマに見舞われる事だ。これまでの作品、ミュージシャン「ゆず」のコンサート向けの「Throne」や、西部百貨店のウィンドディスプレでの「POLYGON」などを見ていると、「消費されるボリューム」の懸念を拭えない。
 今回の「Foam」を見て思ったのは、従来と比べて若干、ローテクなところ。展示室をブラックアウトしたり、泡発生ポンプの音を遮音材で密閉して、静かさを実現するなど、作品クオリティの維持は相変わらずだが、ハイテク感が薄れてきた。泡の塊は、思う様にコントロールできず、日によって形が変わるといったアナログ感が、逆に、これまでにはない面白さを醸し出している。 


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